東出昌大主演の映画『Winny』が、2023年3月10日(金)から全国で公開されている。
本作は、ひとりの天才ソフト開発者の苦闘を通じて権力の腐敗に切り込んだ快作である。“まん延”というキーワードが頻出する劇中の世界は多くの観客にとって決して他人事ではないが、東出にとっては、『寝ても覚めても』(2018年)以来の代表作となるのではないだろうか。
「イケメンと映画」をこよなく愛する筆者・加賀谷健が、本作の東出昌大について、“聖の領域”に果敢に踏み込む、神々しい表情の演技を解説する。
引きの画の中に息づく存在感

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しかも、ここには、二十一世紀の世界映画史でもっとも美しいロングショットさえ含まれている。(後略)」
これは、映画評論家の蓮實重彦氏が濱口竜介監督作『寝ても覚めても』に寄せたコメントである。ロングショットとは映画の撮影用語で、引きの画のこと。同作の引きの画は、草むらが半分以上を占める画面の中、一組の男女が住宅地へ向かって走っていく大ロングだった。走る男女の男のほうを演じていたのが東出昌大だったことも深く記憶に残るワンショット。
「ヨウジヤマモト」などのモデルとしてパリコレ経験もあり、189センチの大長身を誇る東出がこの引きの画の中では、豆粒くらいにしか見えない。でもそれがかえって東出昌大を画面上で息づかせ、存在感を際立たせる。またこんな引きの画の中で東出のことを見られないかな。なんて期待していると、松本優作監督作『Winny』で早くもそれが叶うとは。
つかみどころがなく、とらえどころのない俳優

『Winny』は、ファイル共有ソフト「Winny」の開発者が不当な逮捕にあい、開発者としての貴重な月日が権力によって奪われた実話だ。「Winny」を開発し、著作権侵害をまん延させたという名目で逮捕、そして起訴された金子勇を東出が演じている。
映画冒頭、キーボードを打ち込む音が黒み画面に響く。狭く、暗いアパートの一室で大きな身体を縮こまらせてパソコンの画面に向かう東出が、とにかくいい。はじめ参考人として警察が自宅捜査で踏み込んでくる場面では、寝ぼけた様子で腕を組み、なんとなく捜査に協力する。このなんとなく感が自然でもあり不自然でもあるような、ないような。
弁護士、壇俊光(三浦貴大)が中心人物となり結成された弁護団のひとりが拘置所での面会あと、金子の印象を「つかみどころのない感じ」だと表現していた。そうそうまさにそれだ。つかみどころがなく、とらえどころがない。なのに、なぜか不思議と存在感はある。これが東出昌大の俳優としての最大の特徴だと思う。
そこにいるだけで画になる才能

筆者が美術応援スタッフとして参加した黒沢清監督作『クリーピー 偽りの隣人』(2016年)でもまた東出はつかみどころのない感じの刑事を演じていた。同作の主演俳優である西島秀俊は、長身であるはずなのに東出の前ではトム・クルーズくらいの背丈にしか見えない縮こまり方だった。モデル体型の東出は、でくの坊のように映りながらも、やはりただそこにいるだけで画になってしまう。
そこにいるだけで画になってしまうのはそれだけで才能だ。濱口監督や黒沢監督のように松本監督も東出を自分の作品に思わず出したくなったのだろう。画になる東出に強い関心を持ち、彼の素晴らしさを最大限引き出すために引きの画を選択した演出の妙を感じる。
壇の働きによって拘置所を出られた金子は、つかの間の憩いとして小さい頃から好きだった飛行機の写真を撮りに出かける。夕日の空を飛ぶ飛行機を熱心に見つめ、カシャカシャと丹念にシャッターを切る。高層マンションが屹立する隙間からのぞく夕日の方へ金子がゆっくり歩いていく。それがちょうど引きの画となり、夕景に浮かぶ東出の後ろ姿が神々しく浮かぶ。
東出昌大にとっての“巡礼の旅”

こうした東出の神々しさは、映画の画面上だからこそ感じるものなのかもしれない。というのもこの文章の冒頭で『寝ても覚めても』にふれたのは、同作が出品されたカンヌ国際映画祭で東出があるスキャンダルを世間に提供することになったからだ。その騒動によって東出は公私ともに窮地に立たされることになったわけだが、そうした世間(俗)からのバッシングとは裏腹に、映画の画面上ではむしろ眩い存在になる。
もちろん今さら過去の騒動を蒸し返したいわけではない。一度は“俗”にまみれたからこそ、東出は俳優として神がかることができたのだと考えるとどうだろう。今回、松本監督は東出をまるで“聖地”へと踏み込ませた。
結末にふれるので詳述はさけるが、東出が本作で最後に登場する場面では、引きの画ではなく、寄りの画(クロースアップ)が採用されている。大好きな飛行機に視線をやり、空を仰ぎ見る表情は、引きから寄りへうまく転換されることで、東出昌大にとっての“巡礼の旅”となったのだ。
<文/加賀谷健>
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