年を取ると体のラインは崩れるもの。多くの人がそんな先入観を抱きがちですが、60代にして驚異的な肉体美を持つのが、パーソナルトレーナー兼ボディビルダーである山野内里子さん。
45歳から始めたボディビルで、JBBF(日本ボディビル・フィットネス連盟)日本選手権で5度の優勝、アジア選手権で2度の優勝。
2020年から出場するボディコンテスト「マッスルコンテスト」では、鍛えた体の美しさを競う「女子フィジーク部門」で4連覇を達成。今年63歳だという彼女の軌跡や還暦を過ぎても筋トレを続ける理由を聞きました。
ボディビルは男性だけのものじゃない

「40代まで筋トレはしたことがなかったんです」と笑顔で語るのは、ボディビルダーである山野内里子さん。45歳まではごく普通の主婦だったが、子どもが幼稚園に入って時間ができたことを機会に通い始めたエアロビクス教室で、筋トレに出会ったとのこと。
「その後、夫の仕事の都合で名古屋に転勤したら、ちょうどゴールドジムがオープンしたばかりだったので入会しました。従来は『ボディビルは男性がやるものだ』というイメージが強かったのですが、女性もボディビルを通じて自分の体を彫刻のようにデザインできるのだと気づき、見事にハマってしまったんです」
当初は純粋にトレーニングを楽しんでいたなか、あまりにも熱心にジムに通う山野内さんの姿を見て、ジムのスタッフからボディビル大会の存在を知らされることに。同じジムにヨーロッパチャンピオンがいたこともモチベーションとなり、大会出場を目指すようになりました。
「2006年の愛知県大会に初めて出場したのですが、舞台上で自己表現できることがとにかく楽しかったんです。その後、東海大会や全国大会、ジャパンオープン、そして日本選手権にも出場するようになりました。
筋トレにおいて、一番のライバルは自分なので、日本一になることはあえて意識してなかったのですが、2011年に日本選手権で優勝したときは、素直に嬉しかったです。むしろ、意識しなかったからこそ、連覇もできたのかもしれませんね」
一番つらかったのは、家族と同じ食卓を囲めないこと
「筋トレは自分との戦い」と語る山野内さんですが、日本やアジアで一番を獲得するまでには、数々のハードルがあったそう。なかでも、一番大変だったのは食事面です。
「筋トレやダイエットをやる人にとって、一番大切なのは食事面です。食べたいものを食べて、飲みたいものを飲んでいるうちは、理想の体を手に入れることはできません。好きなものを我慢するのは、最初はやはり辛かったです。
たとえば、私の場合は白米が好きなのですが、白米は太るのでオートミールに切り替えました。お酒も大好きだったのですが、体を絞るために炭酸水やノンアルコールビールを飲むように。慣れれば大丈夫ですが、最初は『こんなの絶対無理でしょ!』と思ってました(笑)」
ただ、「家族と一緒のものを食べられなかったこと」は何よりもつらい経験だったとのこと。
「私の食事は365日ほぼ同じで、家族と同じ献立を食べることはほとんどありません。大会前だと、お肉を800グラムくらい食べたりもしますしね。家族と同じ食べ物を食べられないのはとてもつらかったです。
夫からは『もう趣味の領域じゃないよね』ともぼやかれるなど、家族からもクレームが出たこともあります。しかも、家族の分の料理を私が作ると私は味見ができないので、私の料理は時に変な味になるらしくて……。家族から『この料理、味が変!』と言われた時はショックでしたね(笑)」
股関節を痛めても、カートを引いてジム通いをした日々

バランスのとれた美しい肉体からはまったく年齢が感じられない山野内さんですが、数年前には股関節を痛め、一時はボディビルから離れることも考えたそう。
「60代になるとどこか体を痛める人も多いですが、私も同様に股関節を痛めて、スクワットすらできなくなってしまったんです。先生からは『安静にして』と言われましたが、筋トレをやめられなくて、キャスター付きのバッグを手押し車代わりにしながら、ジムに通っていました。
周囲からは『なんでそんな状態になってまでトレーニングをするんだ』と言われましたし、息子からも『介護は無理だよ』と呆れられましたね。ある日のジムへの帰り道、『私はオリンピックに出るわけでもないのに、なんでこんな思いをしながらも筋トレを続けているのだろう……』と思ったこともあります」
しかし、その後も、股関節の痛みと向き合いながらもトレーニングを継続。現在ではかなり状態が改善したそう。
「もし股関節を痛めたときに筋トレをやめていたら、関節も使わず、筋肉も固まってしまうので、現在より体ももっと悪い状態になっていたはずです。あのとき、諦めずに続けていたからこそ、今も筋トレを続けられているんだろうなと思います」
筋肉は何歳からでも鍛えられる

現在は、より活躍の場を広げるため、これまで筋トレになじみのなかった人たちにトレーニングを教えるパーソナルトレーナーや、40代以降でも痩せやすく引き締まった体になれる方法を発信するYouTuberとしても活動。その中で喜びを感じるのが、40代以降の女性たちの間で筋トレを始める人が増えていることだそうです。
「筋トレに年齢は関係ありません。いくつになっても成果は出ます。『今から始めても遅い』などと思わずに、ぜひいろんな方に始めてほしいなと思います。最近、YouTubeを配信するケースもあるので、40代以降の女性から『山野内さんの年齢を見て、やる気になって筋トレを始めました』と言われることが多く、うれしいですね」
「筋トレを始めては見たものの、なかなか続けられない」という人も少なくないが、18年間にわたって筋トレを続けてきた山野内さんは、ひとまず3か月が一つの目安だと語る。
「今年7月にカーリング日本代表の藤澤五月さんがボディビル大会に出場した際、『わずか2か月半であの身体を仕上げた』と話題になりました。ただ、あれは日頃から鍛えているプロアスリートだからこその成果。筋トレは最低3か月、続けないと成果はでません。
『筋トレを始めたけど、継続できない』という人は、まず3か月だけ頑張ってください。ジムに行かなくてもいい。現代はYouTubeなどを活用すれば、家でも十分始められます。おうちでのトレーニングを3か月続けるだけでも、全然違いますから」
筋トレは一生を支える「生きがい」にもなる

日本国内のみならず、アジア女王にも輝いた山野内さんですが、63歳の現在の夢は、「世界最高峰のボディビル大会に出る」というもの。
「最近は、海外でも『マスターズオリンピア』というシニアのクラスが11年ぶりに復活したし、世界的にも筋トレ人口が増えており、今後どんどん盛り上がっていくはず。筋トレはやった分だけ結果がでるので、誰にとっても世界に出られるチャンスがあるんです。
私自身、筋トレを始めたときは、世界大会を目指すなんてちっとも思っていませんでした。でも、思い切って一歩踏み出すだけで、全く違う毎日が広がるものなんだなと驚いています」
目標を持って元気に活動する人はうまく年をとれる
単なる趣味としてだけではなく、人生を長い目で見た時、筋トレは大きなメリットを与えると山野内さんは続けます。
「60代を過ぎると、素敵な生き方をしている人ほど、その様子が顔や姿に顕著に出て、素敵になります。先日、同窓会に行って思いましたが、現在でもバリバリ働いていたり、目標を持って元気に活動していたりする人ほど、うまく年を取っているんですね。
老け込まないためにも、目標を持ち、体を動かし、いろんな人とお話するのは大切だなと。その点でも筋トレはすごくプラスになる。イキイキとした毎日を過ごすためにも、ぜひ多くの人に一歩踏み出してみてほしいです」
<取材・文/藤村はるな>
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